活動報告
日本国際交流センター(JCIE)は日本政府が推進するアジア健康構想(Asia Health and Wellbeing Initiative: AHWIN)における国際対話の一環として、2019年10月17日に厚生労働省、内閣官房健康・医療戦略室、経済産業省、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)との共催で、AHWINフォーラム「アジアにおける高齢者ケアを描く:あるべき健康長寿社会とは」を開催しました。10月19日、20日に岡山で開催されたG20保健大臣会合の機会を捉えた本フォーラムには、日本と他のアジアの合計9か国の政府関係者、大学や研究機関の研究者、医療・介護分野の実務家、ヘルスケア・介護関連企業代表、介護サービス事業者代表、国際機関、市民社会代表、約140名が参加しました。ERIAがAHWINの一環で実施する国際共同研究の成果等をパネリストから共有しつつ、急速に高齢化が進むアジア諸国における高齢者の健康や介護の担い手について、今後の在り方やその課題が議論されました。
議論から浮かび上がった主な論点は下記の通りです。
- アジア各国は、人口高齢化を見据えた保健福祉制度を直ちに構築すべきである。アジアの多くの国では今後急速に高齢者数が増加し、“経済発展の前に老いる”ことになるからである。
- 長生きは望ましいことであるが、単に寿命の延伸を求めるのではなく、寿命に対する健康寿命の割合を増やしていくべきである。
- 健康寿命年数を増やし、認知症発症を遅らせるためには、高齢期になる以前から健康的な食事や行動に取り組むことが鍵となる。
- 高齢化への取り組みは単に身体的側面だけでなく、精神・心理的側面、社会的側面を含めて総合的なアプローチが必要である。
- 介護人材の供給や制度の構築はアジア全体で共通する関心事の一つであるが、その関心の理由は多様である。日本では外国人介護人材の受け入れと研修に取り掛かっている段階であり、他方、他のアジア諸国は未だ介護が専門職として発達しておらず、包括的な戦略を検討している段階である。一方で、介護者の報酬や労働環境改善は共通して直面している課題である。
- 政府にも社会にも個人にも、未だに高齢化を否定的にとらえ高齢者を重荷として考える風潮が存在している。分野横断的に一致協力して取り組むことにより、高齢者差別(Ageism)を改め高齢化を肯定的にとらえる考え方を促進していく必要がある。
本フォーラムはAHWINに呼応して、JCIEがERIAとパートナーシップの下で2017年度より開始した「アジアの高齢化と地域内協力」プログラムで実施しました。フォーラム要旨は以下の通りです。
要旨
開会セッション
共催機関を代表して大河原昭夫JCIE理事長は開会挨拶を述べ、本フォーラムが高齢化先進国である日本にとって、アジア諸国に知見共有できる機会になると同時に、他国の経験や取り組みを学ぶ機会になることを期待として語った。続いて鈴木康裕厚生労働省医務技監が日本政府を代表して挨拶し、日本が議長国を務めるG20保健大臣会合のテーマとして「高齢化への対応」が取り上げられていることに触れ、AHWINの枠組みを活用したアジア各国の協力関係がさらに発展していくことへの期待を述べた。
基調講演に登壇した武見敬三参議院議員は、アジア諸国における人口高齢化の状況について概観しつつ、高齢化先進国である日本が抱える課題として労働人口の減少を指摘した。その解決策として技術革新、女性就業率の向上、健康な高齢者の雇用促進に加えて、これから高齢化が急速に進むアジア諸国の人々が高齢者先進国の日本で知見を学び、自国で生かせるような人材の好循環を目指す戦略としてAHWINを紹介した。高齢化が西太平洋地域でも重要な課題であることを述べた世界保健機関(WHO)の葛西健西太平洋地域事務局長は、高齢化に対応していくためにはこれまで感染症を対象に構築してきた保健システムを心疾患、脳血管疾患、がん、糖尿病などの非感染性疾患に対応させていく必要があることを強調した。元ベトナム議会社会問題委員会副議長のグエン・ヴァン・ティエン氏は、ベトナムにおける高齢化の現状を紹介した後に、健康長寿の実現のためにはヘルスケアだけでなく、高齢化に関連して生じる高齢者の社会的孤立や生活環境、高齢者に対する偏見といった課題にも対応していく必要性を提起した。
森田弘一内閣官房健康・医療戦略室次長は日本政府の推進するAHWINを紹介し、人々の健康な生活と経済成長を車の両輪として実現し、アジアの健康長寿社会構築を目指していることを述べた。また本フォーラムの連携イベントであり経済産業省が主催しているWell Aging Society Summitについて概要を紹介した。
特別講演
「認知症を取り巻く課題と地域での予防対策」をテーマに、桜美林大学老年学総合研究所の鈴木隆雄所長が特別講演を行った。国立長寿医療研究センターの理事長特任補佐でもある同氏は、同センターが開発したコグニサイズを含めて自身が関わる研究成果も交えながら、科学的根拠に基づいた認知症への対応策について講演した。日本では認知症の中でもアルツハイマー病(AD)が特に大きな問題とされているが、AD発症に関連するリスク因子の内、9つの因子(幼少期:教育期間の短さ、中年期:難聴・高血圧・肥満、高齢期:喫煙・抑うつ・運動不足・社会的孤立・糖尿病)は修正可能であるため、高齢期以前からAD発症に対する一次予防に取り組むことの重要性を強調した。その後、指定発言としてコメントしたツァオ財団のペ・キム・チュー理事長との間で、日本における地域での認知症予防、フレイル対策を例に挙げながら、科学的根拠を政策に反映させる重要性を共有した。
セッション1:高齢者の「健康」の変化と将来:良くなる? 悪くなる?
日本大学経済学部の齋藤安彦教授がモデレーターを務め、ERIAとの国際共同研究「ASEAN諸国における高齢者の健康に関する縦断調査」で得られた知見を示しながら、他のアジア諸国で実施されている大規模調査の結果と比較するためには同じ評価指標を使用する必要性があることを強調した。アジア諸国がともにヘルシー・エイジング(健康に年を重ねる)を達成するために、高齢者の「健康」の定義について問題を提起してセッションを開始した。
マレーシア高齢化研究所のテンク・アイザン・ハミッド所長はマレーシア政府が2018年に実施した高齢者を対象とした健康調査の結果等を用いて高齢者の健康状態を概説した。マレーシアでは健康増進に向けた様々な国家戦略が実施されているが、それぞれの国家戦略で用いられる高齢者の「健康」を測る指標が異なっており、統一できないことを課題の一つとして強調した。
レスパティ・インドネシア大学のトリブディ・ラハルジョ学長はインドネシアにおいて高齢者数が増加しており、ヘルシー・エイジングに向けた政策やプログラムの必要性が高まっていることを強調した。その上で課題として、大小多くの島々で構成されるという地理的な特徴により、同一の高齢社会対策をインドネシア全土に一様に広めることの困難さを述べた。
周辺のアジア諸国に比べるとミャンマーにおける本格的な人口高齢化は先であることを、ミャンマー連邦共和国労働・入国管理・人口省のカイン・カイン・ソー人口部局長は過去に実施した国勢調査の結果をもとに紹介した。しかしながら着実に人口高齢化は進展しており、また女性の方が男性に比べて平均寿命が長いため、夫との死別後に高齢女性が社会的な孤立や貧困に陥るリスクが高いことを述べた。
厚生労働省老健局総務課の栗原正明企画官は日本における高齢者の身体機能(運動機能、口腔機能)が過去に比べて改善されていることに触れながら、現在の日本で焦点を置いて取り組んでいるフレイル*対策について説明した。またフレイル対策の取り組みの一つとして住民主体の「通いの場」を全国に広めていることを紹介した。
*フレイル:フレイルとはfrailty の日本語訳で、高齢期に生理的予備能 が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡など の転帰に陥りやすい状態を指す。筋力の低下により動作の俊敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念である。
セッション2:介護の担い手は誰か:高まるアジアの介護人材ニーズ
セッションに先立ち、出入国在留管理庁の佐々木聖子長官が登壇し、日本政府が実施する外国人介護人材の受け入れに係る4つの制度を紹介した。介護人材の還流の重要性を指摘しつつ、これらの制度を通じて培った技能により、帰国した人材が自国の介護サービス発展の一助となってほしい、そのためにアジア各国がこれらの制度を戦略的に活用してほしいと日本政府の期待を述べた。
セッション2では国立社会保障・人口問題研究所の林玲子国際関係部長がERIAとの国際共同研究「ASEAN・東アジア諸国における高齢者ケアの需要と供給に関する研究」の成果に基づいて、アジアで主流であった家族介護による高齢者を支える仕組みが保持できなくなっている現状、代わりとなる介護の担い手の確保について問題を提起した。
フィリピン大学人口研究所のグレース・トリニダード・クルーズ教授は、2018年に実施した6000人の高齢者を対象とした調査結果などを用いて高齢者介護の現状を述べた。介護を受けている高齢者は全体の8%であり、その主たる介護者は家族であるという、フィリピンにおける高齢者介護の担い手の現状を報告した。
ベトナム看護協会のファム・ドゥック・ムック会長は、ベトナムでは急速に人口高齢化が進展しているが、看護師は未だ不足しており、看護人材の育成は喫緊の課題であることを強調した。その上で、保健政策により老年学専門の看護師数を確保していく必要性を提案した。またアジア地域における看護師不足に対応していくために、看護学教育の標準化と相互承認による人材移動を促進していく必要性を訴えた。
マレーシア国民大学(UKM)医学部のモハッド・ロハイザ・ハッサン准教授は、マレーシアにおいても高齢者介護の担い手は家族であることがほとんどであることを述べた。しかし、若者の都市部への流入や女性の社会参加により、地方に住む高齢者を支える担い手不足が課題になっていることを挙げ、ICTが高齢者の健康状態や社会とのつながりを保つことに役立つ可能性があることを提案した。
タイにおいてもマレーシアと同様に若者の都市部への人口流入が進んでおり、地方部では高齢者が高齢者を世話している(老々介護)現状をタマサート大学ビジネススクール高齢化ビジネス・ケアセンター(ABCDセンター)のドゥアンチャイ・ ロータナヴァニ所長が紹介した。タイにおいては財政的にも文化的にも施設での介護に対する抵抗はあるものの、日本と同様にタイにも介護施設が必要であると私見を述べつつ、タイの実業家を対象とした日本の介護施設の視察を行っており、タイ企業を巻き込みながら介護ニーズに対応する取り組みを進めていることを紹介した。
閉会挨拶
最後に西村英俊ERIA事務総長がERIAの国際共同研究事業の成果を紹介し、同様の研究事業を他の国々にも展開していきたいことを抱負として述べた。
要旨内で述べるアジアの高齢化の現状についてはこちらにまとめておりますので、合わせてご覧ください。
プログラム
当日配布した公式プログラム(含む略歴)は、こちらからご覧ください。
開会挨拶 | ||
大河原 昭夫 | (公財)日本国際交流センター 理事長 | |
鈴木 康裕 | 厚生労働省 医務技監 | |
基調講演 | ||
武見 敬三 [PPT]
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参議院議員、世界保健機関(WHO)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ親善大使 | |
葛西 健 [PPT] |
世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長 | |
グエン・ヴァン・ティエン [PPT]
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元ベトナム議会社会問題委員会副議長、人口と開発に関するアジア議員フォーラム(AFPPD)元副議長 | |
アジア健康構想について |
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森田 弘一 [PPT] | 内閣官房 健康・医療戦略室 次長、内閣審議官 | |
特別講演:認知症を取り巻く課題と地域での予防対策 |
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鈴木 隆雄 [PPT]
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桜美林大学 老年学総合研究所長、同大学院教授、国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐 | |
[ディスカッサント] | ||
ペ・キム・チュー | ツァオ財団 理事長(シンガポール) | |
セッション1:高齢者の「健康」の変化と将来:良くなる? 悪くなる? |
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[問題提起] | ||
齋藤 安彦 [PPT] | 日本大学経済学部 教授 (モデレーター) | |
[パネル] | ||
テンク・アイザン・ハミッド [PPT] |
マレーシア高齢化研究所 所長 | |
トリブディ・ラハルジョ [PPT] | レスパティ・インドネシア大学 学長 | |
カイン・カイン・ソー [PPT] | ミャンマー連邦共和国労働・入国管理・人口省 人口部局長 | |
栗原 正明(代理) [PPT] | 厚生労働省老健局総務課 企画官 | |
セッション2:介護の担い手は誰か:高まるアジアの介護人材ニーズ |
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[問題提起] | ||
林 玲子 [PPT] | 国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部長(モデレーター) | |
[講演] | ||
佐々木 聖子 | 出入国在留管理庁 長官 | |
[パネル] | ||
グレース・トリニダード・クルーズ [PPT] | フィリピン大学人口研究所 教授 | |
ファム・ドゥック・ムック [PPT] | ベトナム看護協会 会長 | |
モハッド・ロハイザ・ハッサン [PPT] | マレーシア国民大学(UKM)医学部 准教授 | |
ドゥアンチャイ・ ロータナヴァニ [PPT]
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タマサート大学ビジネススクール 高齢化ビジネス・ケアセンター 所長(タイ) | |
閉会挨拶 |
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西村 英俊 | 東アジア・アセアン経済研究センター 事務総長 | |
(総合司会:伊藤 聡子 日本国際交流センター 執行理事) |
フォーラム報告書
フォーラム報告書(英文)はこちら