活動報告
G8北海道洞爺湖サミット・フォローアップ 保健システム強化に向けたグローバル・アクションに関する国際会議
当センターでは、「国際保健の課題と日本の貢献」対話・研究プロジェクトの一環で、11月3、4日の両日に「G8北海道洞爺湖サミット・フォローアップ:保健システム強化に向けたグローバル・アクションに関する国際会議」を開催した。
本会議は、「国際保健の課題と日本の貢献」研究会(通称:武見研究会)、外務省、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、世界銀行、世界保健機関(WHO)との共催、厚生労働省、ロックフェラー財団、世界エイズ・結核・マラリア対策基金の後援により開催したもので、海外27カ国より約65名、国内約85名、計150名の国際保健分野の研究者・実務家の参加を得た。会議には、武見研究会の国際タスクフォースが準備した政策論文草稿(総括論文、保健医療人材、保健情報、保健財政の各論文、計4本)が提出され、これらの草稿に基づき、開発途上国における保健システム強化の方策、また、G8サミットが国際保健分野で果たすべき役割について議論を重ねた。
討議要旨(PDF) 和文 [236KB] | 英文 [176KB]
討議要旨
冒頭、国際保健―特に途上国の感染症対策―を先進主要国が取り組むべき課題としてとりあげることに成功した2000年のG8九州沖縄サミットで議長を務めた 森喜朗・元内閣総理大臣より開会挨拶がなされた。引き続き、武見研究会及び同タスクフォースの主査を務める 武見敬三・前参議院議員より、本会議を通して検討すべき問題提起が行われ、 マーガレット・チャン世界保健機関(WHO)事務局長、 タチ・ヤマダ ビル&メリンダ・ゲイツ財団国際保健プログラム・プレジデント、 フリオ・フレンク元メキシコ保健大臣(次期ハーバード大学公衆衛生大学院学部長)の各氏より基調講演があった。また、世界銀行人間開発ネットワーク担当のジョイ・プマピ副総裁より中継映像にて挨拶が行われた。
いずれの講演においても、現在の国際的な金融危機が国際保健に及ぼす影響に対して懸念が表明されたが、一方で、これはむしろ好機と捉えるべきであることが強調され、大胆な保健への投資によって、金融危機の影響を緩和できることが示された。また、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)と人間を中心に据えた「人間の安全保障」の理念に根ざした革新的なアプローチを探る必要性も指摘された。
F.フレンク元メキシコ保健相 |
開会挨拶・基調講演
第1セッションでは、ハーバード大学のウィリアム・シャオ教授、タイ保健省のスウィット氏、ピーター・ピオット国連合同エイズ計画(UNAIDS)事務局長より、保健システム強化に求められる戦略的な枠組みについてプレゼンテーションが行われ、ひきつづき、尾身茂WHO西太平洋地域事務局長、郭研北京大学教授、アーミン・フィドラー世界銀行人間開発ネットワーク保健政策・戦略担当主任アドバイザーがこれにコメントを加えた。それぞれのパネリストからは、広範な経験に基づく多様な視点が呈されたが、いずれにおいても、保健システムを構成する諸要素の相互の関係や、保健と保健以外の諸問題との相互連関性に着目する重要性が強調された。喩えるならば、保健システムは自動車のようなものであり、ある部品だけを修理しても他の部品が故障していてはうまく動かない。セッションの最後には、(保健システム強化に関して)「何を」(what)なすべきかという議論から、「いかに」(how)なすべきかに議論の焦点を移す必要性が訴えられた。
第2セッションでは、国際保健に関わる4つの国際機関、ワシントン大学、アフリカ連合委員会、NGOの代表より、それぞれの活動を踏まえて、保健システム強化に伴う諸課題について意見が述べられた。ここでは、保健システム強化が国際保健の重要な課題であるとの認識で一致したが、多くの援助機関が、効果的に保健システムを強化する方法を必ずしも持ち合わせていないことも確認された。また、途上国の指導力と主体性の重要性が繰り返し指摘された。さらに、保健システム強化によって目指すべきは公平性(equity)であることが強調され、その実践的な定義や指標の必要性も指摘された。
また、保健システムを強化する上で効果的な政策や資金の使い方を知るためには、保健システム向上のための諸対策に関するより質の高い科学的なデータが必要であるとの議論が展開された。その一方、ARV治療のように、完全な実証データが揃う前に、関係者がリスクを取って治療を始めた結果、多くの命を救うことができる場合もあり、ただデータが揃うのを待てば良いわけではない点も指摘された。
G8各国政府の保健専門家
続く第3セッションでは、G8各国政府の保健専門家から、途上国の保健システムを強化するためにG8サミットとメンバー各国が果たすべき役割について意見が述べられた。開発を推進する上で特に保健の問題が重要であるという認識はG8各国に共通するものであり、途上国の保健分野への支援を継続していくことが再確認された。加えて、他のセッション同様、現下のような金融危機においてこそ保健への投資を維持することが極めて重要であるとの考えが示された。もし、我々国際社会がそれを怠れば、これまでの進捗が水の泡となる危険性があり、予防できるはずの疾病で何百万人もの命を犠牲にすることになるだろう。また、各国の専門家からは、G8北海道洞爺湖サミットで合意した、透明性と説明責任を果たすという約束に各国が真摯に取り組むことが表明された。
会議第2日目
会議第2日目は、本プロジェクトの基礎となる3つの政策論文について、集中的な議論がなされた。
第4セッションでは、本会議のために準備された三論文草稿―保健情報(執筆者:渋谷健司東京大学教授)、保健財政(執筆者:ラビンドラ・ランナン・エリヤ・スリランカ保健政策研究所事務局長)、保健人材(執筆者:神馬征峰東京大学教授)―の発表に基づき議論が行われた。
保健情報については、保健に関する情報が氾濫する中で、情報の細分化、重複、不一致を回避するためにグローバルなレベルでの協調がより一層必要であることが強調された。その一方、情報の統一にむけての努力と、独立した信頼性のある情報とのバランスを取る必要性も指摘された。また、途上国において科学的なデータに基づく政策決定の文化をいかに醸成するかも課題として挙げられた。途上国の主体性を重視し、どのような情報を集めるか、集めた情報をどのように活用するかについて検討する際、情報に最も近いコミュニティ・ヘルス・ワーカーや、アドボカシー活動のために信頼できる情報を必要とするNGO、情報を使って政策を決定する為政者といった、すべてのステークホルダーを巻き込むことについては、概ね参加者の間で合意を得た。また、こうした全員参加型のプロセスを通じて、情報がこれまでにない形で、コミュニティや現地の政策決定者の能力強化を促す可能性についても指摘された。
保健財政については、既存の資金を効果的・効率的に使うことの重要性と同時に、さらに保健に対する資金を増額させる必要性が指摘された。また、医療費の利用者負担が家計の悪化の原因になりうること、またそのため人々が必要な治療を受けるのを躊躇してしまうことについては概ね合意が見られた。一方、利用者負担は重要な保健財源となっており、代替財源の確保は困難であることについても留意が求められた。
保健人材は、社会的、政治的な広い文脈で捉えるべき問題であると同時に、保健システムの多様な局面に関わる複雑な問題である。議論の中では特に、ジェンダーの視点を持つことと南南協力および地域間の相互理解の必要性が指摘された。また、危機的な人材不足の規模と、その問題の複雑さのため、政策決定者が効果的な対応策を打ち出せていない現状が示され、ドナー国と途上国の双方が対等な関係で、創造的な施策を展開することが必要で、特に、途上国が自ら創造性を発揮できるよう環境を整えることの重要性が指摘された。
総括論文執筆者 武見敬三氏(上)、M.ライシュ教授(下)
第5セッションでは、総括論文の共同執筆者であるマイケル・ライシュ・ハーバード大学公衆衛生大学院教授の総括を踏まえ、活発な議論が行われた。このセッションでは、途上国の保健問題を改善するために、G8が引き続き財政的な支援を行う重要性が強調されると共に、個別の疾病対策と並んで保健システム強化を推進する必要性について合意ができつつあることが確認された。国際、国、コミュニティという各レベルにおける取り組みを効果的に連携させること、人間の安全保障の概念でも明示されているコミュニティ住民を保健システム強化の基本単位とすることについても、概ね合意が見られた。さらに、保健へのアクセスを基本的な人権として捉える道徳的な責務があることが指摘され、それを世界レベルで保障するためのメカニズムについて様々な提案がなされた。また、既存の組織、特にWHOを強化すると同時に、今日の状況に適した国際保健の政策決定のあり方について様々な意見が示された。
本会議で発表された総括論文草稿と3本の政策論文草稿は、今後さらに修正を重ね、2009年1月を目処に最終提言書が日本政府に提出され、日本政府から次期G8サミット議長国であるイタリア政府に手渡される。また、同時期に、総括論文、3本の政策論文の要旨、本会議の基調講演抜粋は医学雑誌『ランセット』にて公表する予定であり、その後、多様な関係者の参加を得ながら、途上国および先進国において最終提言書をめぐるセミナーを開催する予定である。
なお、本会議開催にあたっては、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、外務省、ロックフェラー財団、WHO、世界銀行の資金助成を得た。
関連ウェブサイト
国連合同エイズ計画(UNAIDS)ピーター・ピオット事務局長のスピーチ要旨
“Advancing the health systems strengthening debate”