活動報告
GHG研究会ポリシーブリーフVol.12 ACTアクセラレーターはCOVID-19「医療ツール」への真に公平・公正なアクセスを実現できるか?
Vol.12 ACTアクセラレーターはCOVID-19「医療ツール」への真に公平・公正なアクセスを実現できるか?
(公財)日本国際交流センター(JCIE)リサーチ・アソシエート 西野 義崇
はじめに
2020年1月、世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言、3月のG20首脳声明に国際的な協力による早急な取り組みの必要性が盛り込まれた。これを受けてWHOは4月24日、保健分野に関わる国際機関や欧州連合(EU)、フランス、民間財団などを発足メンバーとして(Access to COVID-19 Tools (ACT) Accelerator)(以下ACT-A)を立ち上げた。ACT-Aは、COVID-19対応医療ツールの開発・生産を急ぎ、その配布・普及に不公平・不平等が生じない仕組み作りという目的を掲げ、「ワクチン」「検査」「治療」「保健システム・対応コネクター(当初は保健システムコネクター)」という柱(ワクチンの柱は「COVAX」とも呼ばれる)で構成され、WHOが全体を調整し、「アクセス・分配」を担うとされている(ACT-A設立の経緯と構造については(1)を参照)。
2021年10月に発表されたACT-Aの中間評価報告書ACT-Accelerator Strategic Reviewは、ACT-AはCOVID-19対応医療ツールの開発・供給・アクセスを加速化したと肯定的側面を評価し、時限的に設けられたACT-Aは、少なくとも2022年末までは活動を続けることが望まれるとした。一方、ACT-Aが掲げる目的の達成を妨げている現状を、「外的要因」と、ACT-A自身の「内的要因」に分けて分析している(2)(日本語での要点は(3)を参照)。本稿では、Strategic Reviewが「外的要因」としたものや、「保健システム(・対応)コネクター」の本来的任務の範囲外と捉え、詳しい分析の対象としなかった部分を中心に考察し、医療ツールへのアクセスを含む、保健医療への公平・公正なアクセスのためには、草の根レベルとグローバルな政策レベルとが包摂的・民主的で透明な意思決定によって連続性・整合性を保ち、格差解消に取り組むことが重要であることを述べる。
ACT-Aの評価と課題
(1)ワクチン、検査、治療へのアクセス格差
高所得国がワクチン製造企業との二者契約によってワクチンを買い占めるという、いわゆる「ワクチン・ナショナリズム」が生じ、COVAXが当初の理想通りに機能しなかった背景として、2009年のH1N1インフルエンザ・パンデミックの際の教訓が生かされなかった点がある(4)。一方、今回は高所得国が過剰に購入したワクチンを低・中所得国に寄付する動きも広がっているものの、様々な課題が生じ、COVAX等3者の共同声明(5)でワクチン寄付のあり方などについての指針の遵守を各国に求めるに至った。検査においても、国ごとの所得による格差が大きい(6)。WHOによる検査キットの緊急使用承認の遅れや技術支援の不足が指摘された(2)。アフリカにおいては感染者7人のうち6人が未検出であると推定されており(7)、高度な設備等を必要とせず、安価な迅速抗原検査の拡大が急務である(8)。治療薬については、ワクチンにおけるCOVAXのような明確な共同購入契約の仕組みや、低所得国等のためのAdvance Market Commitment (AMC)の仕組みが無く、ワクチン同様、高所得国による買い占めの懸念も指摘された(2)。メルク社は抗ウイルス薬モルヌピラビル製造に関して、医薬品特許プール(Medical Patent Pool; MPP)とライセンス契約し、ジェネリック薬によって低所得国の需要の大部分をカバーできるとされる(9)。しかし、深刻なCOVID-19感染拡大を経験しているいくつかの上位中所得国はMPPの対象となっていないことや、MPPとメルク社のライセンス契約に盛り込まれた、自発的ライセンス契約の停止条項に対して批判の声が上がっている(10)。
(2)保健システムをどう捉えるか?
Strategic Reviewは、WHO Health Emergencies Programme(WHE)が「保健システムコネクター(Health Systems Connector; HSC)」とは必ずしもうまく連携できていなかったと指摘した(2)。これを受けて、ACT-Aが10月に発表したStrategic Plan & Budgetでは、HSCを見直して「保健システム・対応コネクター(Health Systems & Response Connector; HSRC)」とし、WHEとUNICEFの組み込みを明確化した(11)。
一方、保健システムの柱を巡っては、個別組織の連携にとどまらない根本的な論点がある。Strategic Reviewは、HSCが人道支援(災害における緊急支援のようなイメージと思われる)なのか、中長期的な社会開発なのか、という点が曖昧であり、何を目指すのかという認識が組織によって必ずしも一致していなかったと指摘している(2)。Strategic Review自身は、ACT-Aの任務を、あくまでもパンデミックの“急性期”に対応するものであると捉え、次のパンデミックに備える仕組みなどの長期的視点が必要なものは、むしろACT-Aの本来の任務外で、別の仕組みで行うべきと考えている。そのため、どちらかというと“ツールの公平な分配”という発想の延長線上に立っており、その手段として保健システムがある、という考え方を取っているように思われる。一方、市民社会組織(Civil Society Organizations; CSO)のプラットフォームであるPlatform for ACT-A Civil Society & Community Representativesの声明は、「保健システム(・対応)コネクター」は、個人防護具の調達に偏ることなく、保健医療人材を中心に据えるべきであると求めている(12-14)。医療ツール展開の前提となる強靭な保健システムは、保健医療人材の確保など、中長期的な課題と一体不可分のものであると考えているように思われる。
2009年のH1N1新型インフルエンザ・パンデミックの際、WHOが立ち上げたワクチン展開イニシアチブ(Vaccine Deployment Initiative)の定めるところに沿って、各国がワクチン展開計画を策定し、そのキャパシティがあることを示せた国から優先的にワクチンを配分していった。しかし、これはキャパシティの限られた、より脆弱な国にはワクチンを届きにくくする結果となってしまった(15)。今回のCOVID-19パンデミックにおいては、世界銀行等が低・中所得国のワクチン展開を支援している(16,17)が、保健システムのキャパシティの格差が医療ツール分配の格差を助長しないようにするためにも、保健システムを限定的に捉えることなく、一体的な幅広い支援が重要であると考えられる。
(3)ガバナンス・意思決定は透明で民主的か?
Strategic Reviewは、ACT-A全体のガバナンスを担う運営理事会(Facilitation Council)メンバー国の3分の2は高所得国が占めており、低所得国が十分に声を上げることができていないという懸念や、既存の国際機関のガバナンス機関の参加者と重複するメンバー国は別のチャンネルを通じて影響力を及ぼすことができるなど、時に不透明な仕組みで意思決定が行われ、CSOやコミュニティ代表の声も十分に反映されないという懸念を指摘している(2)。ACT-Aには、途中から新たに組織が参加するなどして、その構造は変化してきているが、製薬業界の代表はPrincipals Groupに引き続き留まっているにも関わらず、途中で組織図からロゴが消えるなど、その存在が見えにくくなり、情報の見せ方に一貫性が無いことや、ACT-A全体を貫くアカウンタビリティが不明瞭であるといった指摘もなされている(18)。ACT-Aの構成機関も含め、そのガバナンスに非政府組織(Non-governmental Organizations; NGO)やCSOが一定程度関わっていることは評価されるべきだが、影響力は必ずしも大きくなく、代表性についても曖昧である(19)。また、人材のジェンダーギャップにも課題がある(20)。誰がどのような仕組みで意思決定に関わるのか、という点は、その意思決定にはどのような潜在的なバイアスがあり得るのかということを考えるに際して重要である。より強くパンデミックの影響を被りやすい立場に置かれた人々の参画、顧みられづらい分野への支援、民主的な意思決定における情報の透明性という観点から、ACT-Aの具体的な改革を進めていく必要がある。
(4)情報発信と資金の偏り
ACT-Aは全体としての資金ニーズを一括して示したり(21)、これまでの実績を一括的にウェブ上で公開したりする(22)など、情報公開に一定の努力はしているものの、具体的な資金の使途の全体像が見えづらいという批判もある(2)。全体像の分かりにくさも手伝って、ドナーにとって関心の高いワクチン以外の柱は慢性的な資金不足に陥っている(図1)。必要な分野に適切な資金的支援が得られるよう、ACT-Aとして効果的な情報発信の戦略が求められる。その際にも重要なのは、主たるドナーである高所得国が関心を向けづらい分野についても、公平・公正なアクセスという観点から説明を尽くすことであり、脆弱な立場に置かれた人々を含む、草の根レベルの視点が不可欠である。
図1:ACTアクセラレーター各部門の資金調達状況(1千万ドル単位で四捨五入)
注:Access to COVID-19 tools funding commitment tracker https://www.who.int/publications/m/item/access-to-covid-19-tools-tracker の2022年2月10日発表データを基に作成
パンデミック対応を含む保健医療への公平・公正なアクセスの基盤としてのPHC
Strategic Plan & Budgetでは、ACT-Aの目的・任務について、これまではツールを公平に分配する仕組みであることを目指してきたが、今後は、これらのツールへのアクセスをめぐる不平等に対処することを最優先にするという目標に転換すると述べている(11)。ドナーが主導し公平にワクチンや検査など、モノを”分配”するという発想から、低・中所得国の人々を中心に据え、人々が医療手段に”アクセス”するのを支援することによって公平性を目指すという発想への変化であると解釈できる。この実現のためには、ACT-Aのガバナンス改革、保健システム強化や技術移転など、モノの供給以外の部分が鍵であり、そのためには、プライマリ・ヘルスケア(PHC)を担う現場の声に耳を傾け、「ボトムアップ」志向の改革が不可欠である。
Strategic Plan & Budgetは、物流において、より現場に近い「下流」の状況を表す指標を整備し、ボトルネックの追跡や多セクターの調整などをHSRCの役割として提言している(11)。COVAXのワクチン供給予測によると、2022年3月頃にはAMC対象国の30%を超える人口をカバーできるだけのワクチンの供給が見込まれ(23)、ボトルネックは供給から分配・展開へ移りつつあるとしており(24)、これを支えるためには保健システムの十分なキャパシティが不可欠である。また、パンデミックへの備えとして疫学情報の共有が重要だが、その基礎となる現場のサーベイランスなどは、コミュニティにおけるPHCの担い手でもある保健医療従事者やコミュニティ・ヘルス・ワーカー等が不可欠な役割を果たしていることが多い(25, 26)。一方、医薬品等の調達では、グローバルファンドによる共同購入メカニズム(Pooled Procurement Mechanism)のような既存の仕組みが、課題はありつつも、COVID-19パンデミックによる医薬品等の供給網の混乱の緩和に役立ったとする指摘がある(27)。これらの事は、パンデミック対応は、それに特有の何かを強化すれば良いというものではなく、平時における必須保健医療サービス及びそのための仕組みとの連続性を考慮することの必要性を示唆しているといえる。PHCの強化はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進するにあたって不可欠であり、強靭な保健システムは、パンデミックへの対応という点からも基盤となるものである(28, 29)。一方、Strategic Plan & Budget のp.24に示されているMajor HSRC milestones over the next 12 months (11)は、目指す方向性としては正しくとも、その国の政府や保健システムが既にある程度のキャパシティを持っていることやドナー同士の協調がうまくいっていることを前提としているように思われ、PHC運営の基盤すら十分でない脆弱国家にはそれ自体のハードルが高い。国単位の視点に加え、国の中での健康の社会的決定要因の格差等にも留意し、社会全体に対応しつつ、より脆弱な地域や人々に配慮したproportionate universalism(傾斜を付けたユニバーサル・アプローチ)(30)のような支援が必要である。とりわけ、紛争やクーデター等の影響で不安定な地域に対しては二国間援助は行いづらく、ACT-Aのような多国間援助やNGOがその役割を果たすことが求められる。
他方、COVID-19パンデミックがもたらしたものは、COVID-19自体の影響のみならず、特に低・中所得国では、一般の保健医療サービスの逼迫・崩壊により、既存の感染症対応や母子保健などにも大きな影響が出ていることも見逃すべきではない(31)。 健康危機においても必須保健医療サービスを継続できるようPHCを強化し、UHCに向かう歩みを後退させないことが求められる(32)。グローバル時代の今日、一人でも感染のリスクがあれば、すべての人が安全とは言えない(”No one is safe until everyone is safe.”)という現実がある。これは、「誰ひとり取り残さない(“No one will be left behind.”)」というキャッチフレーズに示される持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)の考え方にも通ずるものである(33)。そのためには、公共セクターだけではなく、現地の事情をよく知るNGO/CSO、コミュニティ、民間セクター等、草の根レベルの声を活かす、多様なステークホルダーとの透明性ある包摂的な連携が不可欠である。そこに生きる一人ひとりの「人間の安全保障」のためのUHC実現を図るべく、きめ細やかな、真に寄り添う支援の具体化が求められる。
利益相反開示
本稿の筆者が所属する日本国際交流センター(JICE)は、ACT-Aの主管組織の一つである、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から助成金を得ている。また、JCIEは、ACT-Aの主管組織の一つであるグローバルファンドを支援する日本の民間イニシアチブであるグローバルファンド日本委員会の事務局を担っている。
なお、本稿は執筆者個人の見解であり、所属する組織を代表するものではない。
参考文献
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西野義崇「ACTアクセラレーターはCOVID-19『医療ツール』への真に公平・公正なアクセスを実現できるか?」
ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。