活動報告
武見敬三・前参議院議員を主査とする「国際保健の課題と日本の貢献」研究会(通称:武見研究会)は、2009年1月16日、「保健システム強化に向けたグローバル・アクション:G8への提言」(和文 | 英文 | 伊文総論 | 仏文 )を日本政府に提出した。本提言書は、日本政府から、今年のG8議長国であるイタリア政府へと手渡される予定である。武見研究会では、昨年開催されたG8北海道洞爺湖サミットの首脳宣言ならびに「国際保健における洞爺湖行動指針」 をフォローアップするために、2008年9月に国際的なタスクフォースを組織した。本提言書は、同タスクフォースが、グローバル・ヘルス分野で国際的に指導的立場にいる多くの関係者の協力を得て研究、対話を行い、取りまとめたものである。
背景
2000年の九州・沖縄サミット以後、感染症対策が国際的な課題として注目されるようになり、この感染症対策の強化をきっかけに、2000年に60億ドルだった保健分野への開発援助総額が、2005年には140億ドルへと急増した。さらに、九州・沖縄サミットの合意を受けて2002年に創設された世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の拠出した支援は、2008年10月までに総額約115億ドルにおよび、また、同じ時期にビル&メリンダ・ゲイツ財団が国際保健分野に投じた助成額も約99億ドルを超えるなど、この分野における資金的な協力が国際的に強化されるようになった。
感染症の地球規模の脅威に対応するためには、さらに資金を拡大する必要があるとの認識が強まる一方で、近年、保健に関わる国連ミレニアム開発目標(MDGs)の乳幼児死亡率の削減(MDG 4)と妊産婦の健康改善(MDG 5)の遅れについての懸念が特に増大してきており、既存の資金が、疾病対策以外の保健分野にも広く効果を及ぼすよう、保健システム全体を強化する必要性が広く認識されるようになってきた。
グローバル・ヘルスに対する国際的な関心の高まりに伴い、これに対応しようとする組織や専門家の数が増え、多くの政策構想、戦略が打ち出されるに至り、この分野のガバナンスに混乱が見られるようになり、ドナー間の一層の協調、新たな政策形成のあり方が求められている。H8と呼ばれる、国際保健機関(WHO)、世界銀行、国連児童基金(UNICEF)、国連人道基金(UNFPA)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)といった政府を単位とした国際機関に加え、GAVIアライアンス(ワクチン予防接種世界同盟)、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の8つ国際保健関連組織のリーダーによって構成される非公式会合は、グローバル・ヘルスをめぐるガバナンスにおけるパワー・シフトを反映している。
提言
本報告書では、グローバル・ヘルスをめぐる政策形成のあり方について問題を提起すると共に、保健システムを構成する要素の中でも特に重視されている保健人材、保健財政、保健情報に焦点を当てた3本の政策提言論文を収録している。
【触媒としてのG8の役割】
地球規模課題としての保健の問題は、国家を単位とした既存の国際機関の統治能力を超えている。これまで国際保健の規範形成において主導的な役割を果たしてきたWHOの能力を強化すると共に、二国間外交、多国間外交、シビル・ソサエティとのネットワークという3つの外交チャンネルを緊密に連携させる必要がある。その中で、G8は、幅広いアクターの参画を得る触媒の役割を果たすことが可能であり、既存のグローバル・ヘルスの政策形成に柔軟性をもたらすことができると考えられる。また、強い影響力を持つG8がビジョンを提示することで、保健の問題を世界的な優先課題に位置付けることができる。
【革新的な方法の模索】
資金、人材、知識といったグローバル・ヘルスに関わる資源はいまだに不足しており、既存の資源を効率的かつ効果的に活用する重要性も高まっている。特に、世界的な金融危機において、十分な資金を確保することが難しくなる中で、追加資金を確保する努力と同時に、既存の資源を効果的に活用し、世界の人々の健康状態を改善する革新的な方法を検討するべきである。
【人間の安全保障の理念に根ざした保健システムの強化】
保健システム強化の究極的な目標は、人々の健康状態を改善し、社会の一員として生産活動に参加できるよう、全ての人々に保健医療サービスを保障することである。日本が外交方針の柱の一つに掲げてきた「人間の安全保障」という概念は、保健システムを強化する上でも有用なアプローチと言える。人間の安全保障は、危機的かつ広範な脅威からの保護と、困難な状況に対処する能力を育てるエンパワーメント(能力強化)という、2つの戦略を統合することで、個人やコミュニティの福祉を包括的に向上させることを目指す。このアプローチを取ることで、人々の尊厳を尊重した主体的な取り組みを奨励し、保健システム強化に伴う多様な諸問題にも対処しうる。また、人間の安全保障アプローチは、WHOが再活性化を図っている、健康であることを基本的な人権とし、地域住民を主体とした取り組みを通じて、全ての人が健康になることを目指すプライマリ・ヘルス・ケアの理念にも通ずる。
【途上国の自助努力を促すグローバルな学習プロセスの創出】
先進国は、途上国の取るべき施策を指図する傾向がある。多様なドナーから相矛盾する方針が示されることで、現場に混乱が生じ、現地政府、保健医療従事者、NGOなどのアクターの創意による活動が妨げられる。さらに、現地政府は、十分な情報や知識に基づいて保健政策を決定する能力に乏しく、途上国政府自らが保健システムに関わる政策を決定し、管理することは難しい。G8は、自らがサミットで合意したコミットメントを評価するための年次レビューを実施すると共に、国および地方レベルにおいて、各国が保健分野の政策を立案、実行、評価する能力の強化を支援し、自助努力を奨励すべきである。その際、成功事例や標準化した指標によるデータを共有することで、グローバルな学習プロセスを創出することが肝要である。
本報告書は、国際的な医学雑誌『ランセット』でも発表された(Michael R. Reich, Keizo Takemi. “G8 and Strengthening of Health Systems: Follow-Up to the Toyako Summit.” Lancet 2008; published online January 15. DOI:10.1016/S0140-6736(08)61899-1 )。