活動報告

 

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Vol.13 国際保健協力における官民パートナーシップの意義と課題

叡啓大学ソーシャルシステムデザイン学部専任講師、世界エイズ・結核・マラリア対策基金技術審査委員  瀬古素子

 

2020年に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは、世界的な国際保健上の脅威に対し、国際社会が一丸となり、また国内外で社会一体でのアプローチ(Whole of Society Approach)による対策を行うことが不可欠であることを再認識させた。パンデミック対応は多くの国で保健医療・公衆衛生の緊急事態として行われ、政府主導による様々な対策が行われたが、その対策を担ったのは政府機関だけでなく、営利企業や私立医療機関、学術・研究機関、非政府組織を含む市民社会でもあった。

 

グローバルヘルス・ガバナンス及び国際保健協力において、官民パートナーシップや市民社会との連携・協力関係強化は、COVID-19パンデミック以前から、持続可能な開発目標(SDGs)やユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成に不可欠なものとして捉えられてきたが、必ずしも国際保健のステークホルダー間でその意義や効果的な在り方が共有されていない。その背景には連携強化すべき「民間」や「非政府アクター(Non-State Actor, NSA)」の言葉が意味する存在の曖昧さがあり、各疾病対策や母子保健等の保健医療サブセクターが、それぞれの関係機関の中で存在の大きい非政府パートナーを独自に指してきた経緯がある。「非政府」で括られるアクターにも様々な立場や中心課題があり、それらすべてを統括する存在や共通見解を形成するプロセスもない。本稿では国際保健分野での官民パートナーシップの意義と課題を考え、特にポストコロナ時代のグローバルヘルスにおける効果的なマルチステークホルダー協力関係について検討する。

 

国際保健への市民社会参画

近年、グローバルヘルス・ガバナンスや事業実施において、NSA、中でも市民社会との連携や協力は拡大を続けており、その意義や重要性については世界保健機構(WHO)(1) や他の保健系国際機関も広く認知している。1980年代からのHIV/エイズアクティビズムが当事者による保健医療・公衆衛生行政への参画を拡げ、その後、様々なグローバルヘルス課題に対しても、当事者や市民社会が政策策定から保健医療サービスの提供、規範設定への知見インプット、提供される保健医療サービスのモニタリング役割まで幅広く関わり、対策の重要な一翼を担う礎となった。2000年代には新しい保健分野の国際協力の担い手として官民パートナーシップ組織であるグローバルファンドやGaviアライアンスが設立されたが、援助効果の最大化のために、公衆衛生における市民社会の役割と官民連携の重要性を認め、国際保健ガバナンスに市民社会や非政府アクターNSAが深く関わることを一般化させた。また被援助国ではグローバルファンドやGaviからの資金を得るために必要な国レベルでの調整が官民合同で開かれるようになり、国レベルでの保健政策の策定にマルチステークホルダーによる議論や承認が前提とされて久しい。これらの動きは2004年に国連が示した、様々なステークホルダーの視点や能力を「時折・適宜採用する」のではなく、より継続的かつ効果的に連携して様々な社会課題解決に取り組むべきとする、NSA・市民社会との連携強化の在り方(2) を体現したものでもあった。

 

グローバルヘルス・ガバナンスに市民社会やNSAの参加が常態化しても、どのような組織がその参加枠を得ることが最適なのかの解は明確でない。WHOは2016年に示したNSAとの協力枠組み(3)の中で、NSAの定義を「NGO、私企業、慈善団体・財団、学術機関」と定めるが、文字通りに「NSA=各国政府以外の関係機関」であり、それぞれの組織の関心課題も主張も能力も経験値も異なる中、NSAとしてガバナンスに関与する枠が与えられていても、どのNSA組織が誰を代表してその立場を行使するかの基準もない。また官民連携をうたい設置された国際保健組織やパートナーシップでも、市民社会枠で理事会に参加する「NSA代表」の組織には、学術機関や医療系の職能団体、業界団体なども多く(4)、必ずしも市民の声を代弁したり反映したりする立場にないことも指摘されている。しかしたとえ限定的な参加ではあっても、グローバルヘルス・ガバナンスの意思決定の「場」に市民社会の代表者が存在することで、資金を供与する側・受ける側それぞれの政府に都合の良い政策だけを決めることに対する牽制効果になり、また議論への過度な政治介入を阻止し、意思決定の透明性を高めることに繋がり、アカウンタビリティの強化に資するとも考えられる。

 

官民パートナーシップ組織の意義

公的な組織であるグローバルヘルス関連の国際機関にとって、官民パートナーシップの相手である「民」としてのNSAは、資金提供源でもあり、事業実施主体でもあり、技術面でのアドバイザーや協力機関でもあり、裨益者でもあり、監視役でもあり、圧力団体でもあるが、「全ての人に健康と福祉を届けるために必要不可欠な様々なパートナー」として認知される例が多い。特に2015年以降、所謂SDGs時代における官民パートナーシップはSDGsの「誰も取り残さない」精神を具現化するために選ばれる枠組みになったと言えよう。UHCの達成には公的サービスから取り残されがちな人々への保健サービスを届けることが必要であり、その効果的な担い手として市民社会・NSAへの期待が高まっている。

 

またグローバルヘルス分野でNGOや市民社会が大きな役割を果たすのは、政府による保健医療サービスの提供や援助に対するアカウンタビリティにおいて、二国間や多国間援助機関が求めるレベルで受益国政府が機能していない場合である。自然災害や感染症のアウトブレイク渦にある国々や、紛争地域、或いは政府のガバナンス力が弱い国や地域においては、「相対的に効果的」な保健医療事業を担う主体としてNGOや市民社会組織が国際協力の受け皿とならざるをえない。平時から官民パートナーシップを強化しておくことが、非常時の対応即戦力にもセーフティネットにもなり得ることは人道援助の場面のみならず、今般のCOVID-19パンデミック対応でも再認識された。

 

ポストコロナ時代の官民パートナーシップ(グローバルファンドとGaviの例から)

2000年代前半から拡大強化されてきた国際保健分野での官民パートナーシップは、20年の時を経て更なる連携強化を進めている。官民パートナーシップはもはや市民社会へのリップサービスでも、国際協力や援助手法上の努力目標でもなく、効果の最大化のために必要な枠組みとされる。その代表的な事例として、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)とGaviアライアンスによる官民連携の現状と今後の展望を検討したい。

 

【グローバルファンドの官民パートナーシップ】

グローバルファンドでは官民連携により2002年に設立されたが、設立後も一貫して市民社会及びプライベートセクターとの連携や、当事者・裨益者コミュニティとの関係強化を行なってきた。特筆すべきは設立時から理事会で議決権のある20議席のうち5議席をNSAに割り当てていることで、中でも市民社会の代表理事3議席(5)は協働でコミュニティ支援や人権・ジェンダーの主流化を推進したり、「救った命の数」や「バリュー・フォー・マネー」のような量的成果だけでなく、グローバルファンドの支援を通じた周辺社会課題の解決に貢献するように質的成果を求めたりして、具体的な成果を上げて組織ガバナンスへも強い影響力を持つ。またグローバルファンドは資金供与を受ける国においても、NGOや当事者コミュニティを含む市民社会組織に事業実施を担うよう求め、案件申請と調整、事業監理を担うCCM (Country Coordinating Mechanism、国別調整メカニズム)にも官民それぞれ多様なセクターからの参加を義務付けて、各国に供与される資金の受入を透明化させてきた。設立当初は形ばかりの参加であった各国の市民社会組織や裨益者コミュニティ代表も、グローバルファンドによる能力強化の支援も得ながら、国レベルでのガバナンスと事業実施のパートナーとして定着した。

 

2023年から始まる最新の5か年戦略(6)(概要は下図参照)においても、エイズ・結核・マラリアの三大感染症を終息させるという主目的の達成には、人々やコミュニティと協働し対応することが不可欠と位置づけ、市民社会とのより密接な連携・協働を前提にしている。脆弱層コミュニティの参加とリーダーシップ強化は寄与目標の一つにもなっており、より強固な官民パートナーシップによって成果を上げることが戦略的選択となったことを示している。

 

図:グローバルファンド戦略(2023-2028)

出典)グローバルファンド戦略

【Gaviアライアンスの官民パートナーシップ】

他方、同じく官民パートナーシップ組織として設立されたGaviアライアンスでは、設立当初からガバナンス分野でのNSAパートナーとしては医療系職能団体や製薬会社との関係が深く、より裨益者に近いNGOや住民組織との関係はグローバルファンドに比して限定的であった。国レベルでの定期予防接種事業の実施は、政府または公的な母子保健サービスが担い、母子保健系NGOやコミュニティ組織との協働は、草の根での保健教育やワクチン理解のためのアドボカシー協力組織として限られたものに留まっていた。しかしSDGs以降、特に2021年からの5か年戦略Gavi5.0では「すべての」子どもにワクチンを届ける上で、特にワクチン未接種児を減らすことを最大の目標にかかげ、公平な予防接種へのアクセスを確保するためにより強固なNSA・市民社会との連携意欲を示した。2021年に市民社会との連携強化を目指す戦略計画(Civil Society and Community Engagement Strategic Initiative)を立ち上げ、より包括的な市民社会との協働環境を作り、効果的な事業実施やアドボカシー強化を目指している(7)。この戦略計画の柱の一つには、これまで積極的に予防接種事業に関わってこなかった市民社会組織がグローバル・国レベルでGavi支援による事業に参画できるよう、既存組織のキャパシティ強化や新規育成に取り組むことも含められており、戦略的パートナーとしてのNSA・市民社会への期待の高さが表れている。現戦略期間中には、受益国で市民社会の組織キャパシティ強化を行うために、技術支援資金の一部が割り当てられており、技術的にも信頼のおける実施パートナーを育てる意欲が見られる。

 

グローバルファンド、Gaviアライアンスともに、各国に事務所を持たず専従職員も配置していない資金供与機関では、市民社会は各国政府による事業実施の円滑な実施を観察・監視する貴重な第三者視点でもある。特にこのウォッチドッグ役割は、コロナ禍の渡航制限で本部の担当職員が現地でのモニタリングや視察を行えない中、COVID-19対策の影響で滞る支援事業の実施状況やその負の影響を逐次把握するのに有効とされた。将来また発生すると考えられるパンデミックに対応するためのキャパシティ強化にも、市民社会や脆弱コミュニティによるモニタリング能力強化が不可欠と考えられる。

 

ポスト・コロナ期の官民パートナーシップ

UHCの達成のために、「誰も取り残さない」ために、国際保健分野での官民パートナーシップやNSAとの連携強化が「戦略的に不可欠」なものになったのは上記の通りである。COVID-19パンデミック対応の国際協力体制としても、2020年にいち早く官民協働枠組みであるACTアクセラレーターが立ち上げられたが、その中核を担ったのは政府や企業、様々なNSAとともに、既存の保健系官民パートナーシップ組織であった(8)。多くの高所得国で見られた自国優先主義やワクチン外交により、限られたワクチン供給を世界的に公平に分配するに至っていないが、そのような不平等の解消には援助国政府の思惑や企業利益の追求に左右されない、より有効な官民連携や市民社会の参画による不公平解消枠組みを強化することが求められる。同時に、COVID-19対応を経て、民間パートナーであるNSAの中でも、依然として感染症に脆弱な立場にあるコミュニティ組織から、各国政府で取り合いになるような製薬業界をはじめとする私企業、医療系職能組織まで、それぞれの影響力や興味ベクトルの違いが一層顕著になった。このため、これまで「官民パートナーシップ」というあまりに幅広く曖昧で包括的な枠組みであった連携は、今後ガバナンスの場でも事業実施の場でも、誰がどのような立場を代表するのが適切なのか再考されるべきであり、また裨益者に近い視点を維持するための市民社会との連携や協働についても見直し、関係をアップデートすべきである。グローバルヘルス分野における戦略的かつ相互補完的な官民パートナーシップは、まだこれからも強化が必要であり、今後も連携方向性の多様化や、具体的な連携の効果による保健指標上の成果発現が期待される。

 

脚注

1.WHO. Framework of Engagement with Non-State Actors (2016), Adopted at the 69th session of the World Health Assembly

2.United Nations (2004) We the peoples: civil society, the United Nations and global governance. Report of the Panel of Eminent Persons on United Nations – Civil Society Relations. United Nations 58th Session, A/58/817.

3.WHO (2016), ibid.

4. K. T. Storeng and A.B. Puyvallee (2018) Civil society participation in global public private partnerships for health, Health Policy and Planning, 33, 2018, 928-936.

5.市民社会理事とは、先進国NGO代表団、途上国NGO代表団、当事者コミュニティ代表団の3枠を指す。

6.The Global Fund (2021). Fighting Pandemics and Building a Healthier and More Equitable World: 2023-2028 Global Fund Strategy.

7.Gavi (2021). Gavi Civil Society and Community Engagement Approach.
8.ACT-A Accelerator (2021). Strategic Review of the ACT-A Accelerator, an independent report.

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瀬古素子「国際保健協力における官民パートナーシップの意義と課題」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2022-03-10. vol. 13.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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